お知らせです
いつもJamaica hot & hotを読んでいただきありがとうございます。
お知らせがあります。

2009年2月14日に登場したキングストン在住のコーディネーター、朱美・テイラーさんの連絡先が変更になりました。
hottalake@gmail.comです。
各種オプショナル・ツアーの問い合わせなどは、上記のメールアドレスまで。

2010年1月23日のラスタファリアンに聞くの中のコミューンに泊まってみたい方のお問い合わせ先もzionhillでなく
hottalake@gmail.comまで。

| ジャマイカ | 05:52 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
ジャマイカが表紙に
コヤバ「この海、どこ?エメラルド・グリーンの海の色、ステキ!」
「空と海の色がはっきり違うね。この女の子は、一人旅なのかしら、それともカップルで旅しているのかしら」

旅行代理店の前で女性が2人、LOOKJTBの「カリブ」の秋からのパンフレットを手にとっていました。
皆さんは、旅行の計画をたてる前に、何を参考にしますか?
今では、ほとんどの旅行代理店がHPをもっているので検索するのが一番簡単かもしれませんが、年間を通して、旅行代理店のラックには各方面別のカラフルなパンフレットが所狭しと並んでいます。秋には日程の都合がつかなくても来年の3月までは計画がたてられそうかな・・・。情報が豊富なページから旅程、ホテル、パッケジ料金などを比較検討すれば、そこからもう旅が始まっているような気分になりませんか。

このたび発売になった2010年10月から来年3月までの冬期間のLOOKJTBの「カリブ」のパンフレットには、ジャマイカの海が初めて表紙に掲載されたのです。

表紙のエメラルド・グリーンの海は、モンテゴ・ベイ空港から10分のところに位置するコヤバというホテルにある小さな桟橋風景です。この桟橋(ジェッティ)は、ホテルが建つ前からあってハリケーンの強風にも倒れず、1994年この地にホテルが建てられてからは、ホテルのシンボルになりました。ここを花や風船で飾りつけ、ウエディングの大切な背景になり、人気のスポットにもなっています。

コヤバは、1994年8月にオープンしたのですが、日本の旅行代理店さえもまだ知らなかった頃、当事、アメリカに住んでいた作家の村上春樹氏がジャマイカに奥様と旅して、コヤバに宿泊なさったというエピソードがあります。コヤバのオーナーは有名な日本の作家とは知らずに話しをしたとのこと。氏はそのことを「うずまき猫のみつけかた」(新潮社刊)というエッセイに書いています。
ジャマイカに表紙のようなエメラルド・グリーンの海があります。人なつっこい、ジャマイカンがどこでも歓迎してくれます。きっと「来てよかった!」と思わせてくれます。
| - | 11:27 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
10回目のハーフムーン滞在 結婚25周年の浜田さんご夫妻に聞きました
「夫がレゲエ好きで、20代に友人夫妻と4人でジャマイカに旅をしました。その時はハーフムーンではなかったのですけれど。島を周ってとても気に入りまして、2回目からは夫と2人で行きました」
ハーフムーンを選んだのはご主人の浜田毅司さん。ショッピング・ビレッジもまたなかった時代だったそうだ。
浜田さんご夫妻は18年前ぐらいからジャマイカを旅されたことになる。2度目に泊まったハーフムーンを気にいってくださってそれ以来、ずっとハーフムーン。今年のゴ−ルデン・ウイークには10回目の滞在でしかも結婚25周年記念の旅で6日間の滞在をなさいました。日本人のお客様でこれほどハーフムーンに滞在してくださっている方は浜田様ご夫妻以外にはおいでになりません。
毎回ハーフムーンを選んでいただく主な理由は何でしょうかとお尋ねしたところ、「ハーフムーンの雰囲気、心地よさでしょうか」と奥様の紀子さん。
これまでに、ビーチのある島、例えばニューカレドニア、インドネシア、ハワイ、マレーシア、シンガポールなどに旅をなさったそうですが、でもやっぱりジャマイカのハーフムーンがいいとおっしゃる。
「ウエイターやスタッフがフレンドリーで親切」
ランチやゴルフなどで近隣のホテルにも行ってみた事はあるけれど、
「やっぱりハーフムーンやね」と毅司さん。
スパ・パビリオンができ、テニスコートも広くなりハーフムーンは、どんどん都会的になった印象はあるけれど、変らないのはスタッフの陽気さかもしれないと紀子さんはおっしゃる。
つまり、浜田様ご夫妻にとってのハーフムーンはHome away homeなのかもしれない。
「迎えてくれるスタッフの笑顔とか知っている顔を見たさに、また行く」との事。
今回、10回目のゲストとして、ハーフムーンはご夫妻にロイヤル・スイートにアップ・グレードを提供し、ウエルカム・メッセージやケーキ、ギフトなどを用意させていただいた。
「メイドさんがベッドの上にタオルで飾りをしてくれて素敵でした。写真をいっぱい撮りました」
「実は私たち過去にスタッフのBさんの家に誘われて行ったこともあるんです。それにスタッフからクリスマス・カードが送られてきたりもしました」
英語が堪能でないと謙遜しておっしゃるご夫妻だけれど、旅慣れていらっしゃるし、なんでもポジティブで明るいご夫妻はジャマイカが、性格にあっているとおっしゃっていた。
「イルカがよかった!」
今回、ご夫妻でドルフィン・スイムを楽しまれたそうだ。お二人の楽しかった様子は写真でもうかがえる。
「ハーフムーンに滞在していやな思いをした事は一度もない」ときっぱり。
90年代後半、日本人がガゼボで結婚式をあげていたのをたくさん見たけれど、
今回感じたことは「ヨーロッパ人のお客様が多くしかも年齢層が高いような気がしました。夫が気にいったところ。それは、イタリアン・レストランのオープン・エアのバー。ヨーロッパの喫煙グループとよく話しをしたりしてました」
お2人とも、ほとんどベジタリアンでしかも小食。野菜などをメイン・デイッシュにオーダーなさったそうだ。ご夫妻にとって“食べる”ことよりむしろ“ドリンク”が主なオール・インクルーシブ・プランの利用の仕方で、部屋のミニ・バー、敷地内のバーを存分に楽しまれたとのこと。
ジャマイカのおみやげは「ジャーク・シーズニング!それと、ジャマイカのブルーマウンテン・コーヒーは60袋も買って、まるで商売をするみたいでしたけれど、(笑)」と奥様の紀子さん、ハーフムーンの滞在が本当に楽しかったと何度もおっしゃってくださった。

ハーフムーンは日本の窓口を開いて22年。浜田様ご夫妻はハーフムーンの歴史をも知っていらっしゃる唯一の日本人のお客様でうれしいかぎりです。また何度でも滞在していただけるように、現場のスタッフと連携プレーをしながら、努力していきたいと思いました。
| ジャマイカ | 06:49 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
ONE LOVE JAMAICA FESTIVAL 2010 GRAND PRIX 受賞者・Jacky(本名・石川義明)さんに聞く
ONE LOVE JAMAICA FESTIVAL 2010 GRAND PRIX 受賞者・Jacky(本名・石川義明)さんに聞く「あるLIVEで自分の歌を聞きながら号泣している女性がいて、その時ですね。歌の力って凄いなと思ったのは」
自分で作った夕陽がテーマの「ルーツ」という歌を歌ったその夜の事を今でも鮮明に思い出すとジャッキーさんは言う。
「音楽で生活したいですね。自分の歌で誰かに喜んでもらえるなんて最高です。今回、最初のデモ・テープ審査のときにバンド仲間の演奏で歌い、それが通ったので、ボクだけの力ではないと思ってるし、優勝を分かちあえたのは本当によかった」

「父親がジャズのトランペット奏者で子どものときから、楽器が遊び道具だった。小学1年のときからトランペット、5年生の頃からギター、ドラム、なんでもやってみた。自然と音楽が体にはいってきたんです」。楽譜は読めないし習ったことはないけれど、ここ2年ぐらいでピアノも弾けるようになった。
「だけど歌うことが一番むずかしい」
ジャッキーさんは去年もSongs Contestに参加している。
「緊張しまくりだった。歌のうまい人はいっぱいいるし、でもぼくは今年、気持ち全開で、思いをこめたのがよかったのかも。4年前一緒にONE LOVE祭を見た、いとこの励ましもあったから歌えたと思う。残念ながら事故で亡くなってしまった、あいつに聞かせたかった・・・。おまえなら、絶対夢がかなえられるよとずっと言ってくれていた」

本格的に音楽を始めたのは中学の時。バンドを組んだけれどヴォーカルがいなかったので仕方なく歌うことになったそうだ。兄の影響でレゲエを多く聴くようになった。
「黒人の音楽が好き。どこか泥くさく、目をつぶって聴いていると風景が浮かびあがってくる」
そして母親の励ましも大きかったという。工業高校が自分にあわなくて中退を決意した時「あんたには音楽しかない」と。その後、アメリカに3ケ月滞在して、サ−ファーになろうか、高校に入るか迷ったりしていた。その時も母親が全面的に支えてくれた。小学校の時から勉強しなさいと一度も言われたことがない。ギターを弾いている時も「いいねえ、いいねえ。弾き続けなさい」

活動の主な拠点は下北沢のLIVEハウス。夏は逗子、湘南でも忙しくなる。

ONE LOVEのGRAND PRIX受賞はジャッキーさんにとって初めての“賞”と名のつくもの。小学校から高校中退まで、1番には全然縁がなかったから、あれだけの聴衆の前で歌えたのは自信につながったという。そして「音楽では絶対くえないと言い続けていたトランペット奏者の父親もONE LOVE祭の優勝の姿を目の当たりにして初めて認めてくれたそうだ。
5月9日のSongs Contestの当日、GRAND PRIXの発表と同時にサポーターたちがステージに上がって、ジャッキーさんを囲んで「おめでとう」の嵐だった。それは例年にない光景でMCもびっくりして進行が中断してしまったくらいだった。
(その時の模様→ www.onelove-jamaica-fes.org/
その後、喫茶店でも「ONE LOVEで優勝した人でしょ!なんて声かけられたりして。うれしいです」
現在31歳の彼は、たくさんの仲間と家族に囲まれて音楽の道をまっしぐらだ。
ところで、ジャッキーという名前は小学校からのニック・ネームで飛び蹴りがうまくて、「ジャッキー・チェンみたいだ」といわれそれ以来、ジャッキーなのだそうだ。

●お知らせ●
ジャッキーさんのLIVE
下北沢LIVE&BAR COLORED JAM カラード ジャム 
7月10日 7:00 pm〜
世田谷区北沢2-7-5
http://www.coloredjam.com/
TEL 03-5454-0179
| ジャマイカ | 22:20 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
菱沼勇夫さん(写真家)、福島市で個展
2009年8月、フォト・プレミオ賞を受賞した菱沼さんの東京、新宿での作品展は好評だった。現在、出身地である福島市写真美術館で招待作家展として「菱沼勇夫xJAMAICA」が開催されている。2010年5月19日〜5月31日。
あらたにプリントされた46点の作品は、人物を中心にジャマイカの空気感をみごとに写しだしている。
会場に見にきていた福島県のお客様に写真の感想を聞いてみた。

「どれも正面からの目線が
印象深いですね」

「色彩が強烈」
「人の表情がいい」
「子どもの写真がいいねえ」

ジャマイカ人と向き合い、信頼関係が成り立ってうまれた作品だと感じられる。どの写真も、まだジャマイカに行ったことのないお客様たちに強烈な刺激を与えたにちがいないし「ジャマイカはどのあたりにあるの」という質問にも丁寧に応えていた菱沼さん。福島県で、ジャマイカの写真で個展をしたのはおそらく菱沼さんが初めてではないだろうか。レゲエという音楽をとうして、ジャマイカを知っている人は多い。1枚の写真は千の言葉よりも多くの事を訴える力があるから、福島市という地方からジャマイカを発信することは有意義であったと思う。
作品は、観光地をまわっているだけでは見られないジャマイカ人の日常の生活が感じられた。「ジャマイカに行ってみたいですか」と若いお嬢さんに尋ねたら「うーん・・・・」という応えだったけれど。
「どの写真もシャッターをきった瞬間が思い出されるし、展示して学ぶものは多い」と菱沼さん。

この福島市写真美術館は「花の写真館」とも呼ばれている。福島の自然と花を全国に紹介した写真家の秋山庄太郎氏が平成13年に福島市ふるさと栄誉賞を受賞された。その際、作品を福島市に寄贈。氏の作品を中心に常設展示されている。この写真館はもとは大正11年(1922)に建てられた電気試験所福島試験所の石造りで大正の香りのする建物。市の有形文化財に指定されている。
常設展示場の秋山庄太郎氏の「花の写真展」をのぞいてみた。そこは「静」の世界で“きれい感”が印象に残った。一方、「菱沼勇夫xJAMAICA」展は圧倒的なインパクトがあり写真にある人の表情からは、それぞれ物語がうまれてきて広がりがあった。ぜひ多くの人に両方の作品を観賞して欲しいと思った。

福島市写真美術館
 
960-8002 福島市森合町11番36号
TEL/FAX:(024)534-9777
JR福島駅より市内循環バス・福高前下車1分
入場無料 / 9:00〜16:30
5月31日まで 
| ジャマイカ | 00:27 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP
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